全国の教区で催されたさまざな集いを紹介します・御遠忌テーマに関する研修会等の開催レポート
| 10.01.21 | 宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌第八組お待ち受け大会 (2009/11/6,13,14) |
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大会では、稲葉組長が挨拶で、「限りある人生をいきいきと生き抜いていく依り処を見つける場所がお寺です」「この大会では、参加者、門徒、僧侶が共に同朋唱和をし、御遠忌ソングを合唱することで、親鸞聖人の遺徳を讃嘆する心を表現してほしい。そして共に聞法して真宗のお寺の本来あるべき姿を回復し、一人の念仏者の誕生を念願する」と、御遠忌は大切な親鸞聖人のご法事であることやお待ち受け大会を開催する趣旨をわかりやすい言葉で伝えられました。
11月6日(金)、揖斐地区の会場である大乗寺では、長浜教区の秦信映先生の記念講演がありました。講題は「つながりあって生きる幸せ」でした。ユーモア溢れるお話の中、「幸せを限りなく求めつづけている私たちの求めている幸せとは何か。どうなることが幸せなのか」と問われ、「自分の都合どおりになる世界を幸せだと思っている私に、心の大転換が必要だ」「仏の智慧というのは、自分以外の力(他力)で生かされている、命もいただきものであるという気づきであり、そのとき、自分の眼がひっくりかえる。自分の身の事実に気づけばどんなにつながりあって、支え合っている私かが見えてくる」と語られ、また「真宗門徒は、親鸞聖人と一緒に歩みたいと願っていながら、実際は背いてきた。御遠忌は慚愧のおつとめで、お詫びの御遠忌をつとめるのだ」と話されました。
11月13日(金)の池田地区会場の正光寺では、高山教区の三島多聞先生が記念講演をされました。講題は「念仏成仏これ真宗」です。三島先生は「自分の心が、鬼を拝んだことになっていないか」と問われ、「仏教がわからんのは、日頃のものの考え方の延長上で念仏を考えているからわからないのである。念仏は我らの日常生活の価値観とは、全然ちがう」「神と仏、鬼と念仏はどう違うのか、違いをはっきりせよ」と話されました。
11月14日(土)は春日地区会場の明随寺にて、春日地区の住職および若院9人による『親鸞聖人御絵伝』絵解き法話がおこなわれました。この地区には、教如上人ゆかりの寺院があり、今も「顕教踊り」「五日講」などにより、上人のご苦労が大切に守り伝えられています。
しかし、過疎化が急速に進行し、仕事の都合で地元を離れて生活している僧侶が多く、この絵解き法話は、ご門徒との顔つなぎや若院においてはお話をする勉強にもなりました。
また、三地区とも仏教讃歌や御遠忌ソングを参加者全員で合唱しました。特に「なんまんだぶつの子守歌」はどの地区でも親しみをもって歌われ、皆、自分たちが聞いたおじいさん、おばあさんのお念仏の声を思い出されているようでした。
大会の最後の挨拶で、池田地区の正光寺の若い住職は「今日、おまいりされて、感じたことを、お家の方やお友達に伝えてください。もしも、感じたことを忘れたり、わからなくなったとき、お寺にきてください。そして何度も何度もお話をきいてください。また感じたことを自分ひとりのものにせずに語り合ってください」と話されました。
大会期間の参加者は3会場合計で約500人となり、どの会場も満堂となりました。大会は会場寺院の報恩講の一座をお借りする形で行われました。どの寺院も、お荘厳のなかでひときわ目にとまったのは、松の仏華でした。今では、山でも、松の花材は少ないと言われているなかで、力強い仏華に感動しました。今日まで受け継がれてきた仏華をたてる技法の伝承と、相続されてきた念仏信仰のあらわれだと感じました。
(大垣教区通信員 廣澤仁子)
| 09.10.30 | 岡崎教区第24・25・26組合同 宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌お待ち受け大会が開催されました。(09.8.27) |
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この大会は、毎年この3ヵ組で取り組んでいる夏季講習会を兼ねており、始めに本山の杉浦参務の挨拶があり、引き続き物故者追弔会が勤められた。
大会のメインである講演会では、講師の青木新門氏が、「いのちのバトンタッチ ~今、いのちがあなたを生きている~」をテーマに約1時間半話された。
青木氏が、2009年アカデミー賞外国語映画賞を受賞した「おくりびと」に影響を与えた『納棺夫日記』の著者ということもあり、講演会のチケット500枚は完売で、当日もほぼ満席と盛大であった。
青木氏は紹介されて舞台に姿を見せると、始めに正面の南無阿弥陀仏の名号に合掌し話を始められた。また、休憩や退出の際も、舞台から離れる時は必ず合掌をされていたのが印象的だった。
講演では、テーマである「いのちのバトンタッチ」について、映画「おくりびと」の主演俳優である本木雅弘氏とのエピソードなどを交え、「人は必ず死んでいく。だからこそ、その死をまっすぐ見つめることを通して今、生きていることをいただく」ということを伝えられ、少年時代の経験や身内の死、納棺の現場での出来事を通して自らが親鸞聖人の教えに出遇ったこと、仏教が今を真実に生きる道を説く教えであるということの受けとめを語られた。
講演終了後、第25組の黒川門徒会長の挨拶があり、全員で恩徳讃を斉唱し、お待ち受け大会を締めくくった。
取材を通し、講演会を聞き終えた参加者の満足そうな顔も印象的だったが、3ヵ組のお寺が一丸となってこのお待ち受け大会を成功させようという想いが伝わってきた。
(岡崎教区通信員 天野健太)
| 09.8.04 | 第40回能登教区同朋大会が開催されました。(09.5.31) |
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能登教区は教区御遠忌テーマとして「ほとけさまに遇いにきたいのち、今 ともに生きよう」を掲げていますが、同朋大会開催にあたりスタッフとして関わられた企画委員の方の話し合いの中から、大会のサブテーマとして「ほとけさまに遇う」が生まれました。
当日は約800人の方が能登半島各所から参加され、本堂に入りきれず、別室には大きなモニターが設置されました。開会式では開催にあたっての趣旨文が読まれ、このテーマに込められた願いが参加された方々に伝えられました。 その後に講師の蓑輪秀邦氏(福井教区・仰明寺・前住職)の講話へと続き、「ほとけさまに遇う」というテーマの「ほとけさま」とはいったい何なのかということから始まりました。
「私たちは「さま」という言葉を自分にとって大事な物に対してつける文化をもっている。いのちをいただいたという感覚、ここから「ほとけ」が「ほとけさま」という言葉になり、ここから人間としての本当の歩みが始まり、この人間としての本当の歩みは仏道を歩むということである。また、仏道を歩むということは、人間として自立すること、いのちを尊敬しともに生きることが中心である」と語られました。
午後は4人の門徒さんの感話から始まり、蓑輪氏の講話を聞いて、毎日の生活やこれまでの経験を通して感じられることをお話しされました。感話を受け、最後に蓑輪氏から再び講話がありました。その中では「私たちが生きている現実社会の中では聞思ということが大事になってくる。ただ頭で理解するのではなく体でうなずく事や感動をもって生きていくことである。また、御遠忌を迎えるにあたり、私たちにとって親鸞聖人は上の方に奉る人ではなく、一人の人間として出遇う人である」と語られました。
取材をさせていただいて、能登半島地震の復興や過疎化、また参加されている方の多くの方も高齢者であるという現実の中、約800人の方が参加された熱のある同朋大会となり、私自身も大切な問いをいただいたように感じました。
(能登教区通信員:落合崇史)
| 09.7.06 | 親鸞聖人につどう同朋大会が開催されました。(09.5.30) |
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当日は、教区内の坊守・門徒・住職の3名による感話と、大江憲成九州大谷短期大学学長による講演がありました。
「私が本当に悲しいときは、全人類が悲しいということ。過去に既に死んでしまったところの無量無数の先祖が悲しい。また、この世に生まれるところの未来永劫の子孫が悲しい。本願を信じ念仏申すということは、この身が子々孫々を代表して念仏申しているということ」。こころに残る曽我量深先生の言葉を紹介してくだった坊守さま。
「これ以上なにも持てないほど大切なものを両手に持っている。そんなときに目の前に差し出されたのは、ただの水。両手に持っているものを手放してまで手にしたいとは思えないただの水。あるとき、自分ではどうすることもできない不安・恐れ・焦りを感じるときが来る。そのとき、あれほど輝いていた宝物が光を失い、ただの水が光を放つ。私に水を差し出してくれていた人の微笑みに会いたい。ただそれだけのために歩き始める。私にとってお念仏とは、ただの水のような気がします」。念仏との出遇いを自分のことばで表現してくださったご門徒。
「私たち一人ひとりのいのちは、“先祖遺産”のいのちではないかと思っています。一人ひとりの存在は、先祖遺産の相続をしてきた証。生かされているということは、この相続を実行中ということ。四苦八苦・煩悩そのものも相続しています。親鸞聖人がいただいた教えや、念仏の相続人でもあります。固体としてのいのちと、願われているいのちが、同時相続進行中です。先祖遺産を相続しているこのいのちを、念仏とともに力強く相続実行していこうではないですか」。いのちを、先祖遺産のいのちとしてお話してくださったご住職。
「念仏に出遇うとは、念仏に生きた方々の声に出遇うということです。親鸞聖人の750回忌をお勤めする意味は、過去に亡くなられた方も、未来からこの現在に向かって呼びかけて止まない。この私ひとりのために呼びかけてやまない。その呼びかけに聞いていこう。出遇っていこう。未来は、閉ざされていく未来ではなくて、開かれていく未来であります」と、大江先生はお聞かせくださいました。
感話・講演の内容はさまざまですが、その根底には、教えがこの私に届いたという喜びが溢れています。「今、いのちがあなたを生きている」…テーマの意味を理解することに気をとられていますが、その必要はありません。教えに出遇えた私自身が、テーマそのものなのではないでしょうか。先往く人のおかげで教えに出遇い、私を通して教えに出遇う人がいる。御遠忌を縁として、教えの相続の中に身をおいている事実を感じます。
(東京教区通信員:白山勝久)
| 09.2.13 | 名古屋教区第25組同朋大会が開催されました。(08.11.1) |
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今大会は、2009年11月3日に予定されている同組のお待ち受け大会、そして2011年の「宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌法要」に向けての「決起集会」と位置づけられ開催されました。
大会テーマは「今いのちがあなたを生きている―本願を仰いで生きん―」。このテーマについては、組のスタッフと今回の講師、真城義麿氏(大谷中・高等学校長)との話し合いの中から生み出されたものです。「宗祖の御遠忌を迎えるにあたり、私たちにとって何よりも大切なのは、本願に生きる念仏者が生まれることである」。そのことを確認するための機会として、組内の住職・若院会・坊守・寺族・組門徒会・組同朋の会「しんわかい25」が一つになり企画・準備が進められ、当日は170名の参加者で会場は立錐の余地がないほどににぎわい、組全体で宗祖の御遠忌をお迎えしようという雰囲気がみなぎっていました。
講演で真城氏は、科学文明によって便利な生活環境を享受している現代ではあるが、同時に人間をモノとして役に立つかどうかだけで見る社会になってしまっていることを様々な社会事象から説明され、いかに自分中心の思いが闇を深くしているか、自分中心の思いがどれだけ不確かなものであるか、そして真に人間として生きることにおいて本願念仏に目覚めることの大切さを語られました。
第25組では、2009年11月3日、お待ち受け大会を名古屋別院で開催し、帰敬式を執行することになっています。帰敬式を受けて法名を名告ることによって、自分中心の歩みから真に人間として生きようとする、その大きな動きが始まったことを感じる大会でした。
(名古屋教区 竹原駐在教導)
| 08.12.15 | 東京教区青少年部輪読会 –みんな違うけれど、みんな同じ– |
![]() 求道会館 |
![]() 輪読の様子 |
![]() 座談の様子 |
会の進行内容は、輪読・事前に当てられていた発表者による感想・座談。当日はスタッフも含め14名の参加があり、二班に分けて座談を行いました。
今回は、『教化研究』138号(特集「今、いのちがあなたを生きている」)所収小川一乗氏「「いのち」とは何か」と、「同朋新聞」の雨宮処凛氏への取材記事「人間といういのちの相」を輪読しました。『教化研究』を輪読する前は東本願寺伝道ブックス56「今、いのちがあなたを生きている」(延塚知道氏)を輪読していました。
御遠忌テーマである「今、いのちがあなたを生きている」に関する著作を輪読してはいますが、テーマの解題が輪読会の目的ではありません。
輪読・発表を終え、座談が始まります。座談では、「今、自分のいる場所をどのように生きるべきか」「どのようにしていくべきか」「どうすれば、人の集る場となるのか」という声が聞こえてきました。想いは人それぞれですが、みんな自分の「居場所」を求めているように感じました。悩みの吐露のようにも聞こえるかもしれませんが、普段の生活の中から湧いてくる想いは、いのちの声なのです。座談では、個々の内にあるいのちの声が聞こえて来ます。自分の想いを語るだけでなく、人の想いを聞くことを通して、誰もが「居場所」を求めて苦しんでいるんだという姿が見えてきます。「今のままでいいのか」「これからどうあるべきか」。それぞれの生活をしながら、根底では共通する想いを生きている。座談を通して感じることができます。
「居場所」を求めていることに対して、答えは出ません。しかし、「誰もが居場所を求めている」現実を知ることによって、いのちの実相を感覚するのではないでしょうか。この青少年輪読会を通して、人それぞれの生きる姿が見えてくる。自分も含めて。そこに、“今、いのちが生きている” 現実を感得することがあるように感じました。
御遠忌テーマは、想いを抱いて生きている私の姿を映し出しています。(東京教区通信員:白山勝久)
| 08.11.12 | 第24回京都教区湖南地区同朋婦人の集いが 開催されました。(08.10.1) |
![]() 勤行の様子 |
![]() 講演の様子 |
![]() 講師 川村妙慶氏 |
![]() 併設された託児所の様子 |
この同朋婦人の集いは、湖南地区の各寺坊守・門徒同朋婦人委員が中心となり、地区教化委員会の協力のもと、今年で24回を数えます。
13時からの開会式には400席の中ホールはほぼ満席となり、会場には熱気が感じられました。勤行、地区教化委員長の三品正親氏に続き、京都教務所長髙山芳文氏より「時代社会の中にあって、我々が本当にどこに立って生きるのか?
それが御遠忌テーマに込められた願いではないだろうか。現代の様々な課題を通して学びを深めていただきたい」との挨拶の後、講師の京都教区山城第2組正念寺坊守の川村妙慶師より、「今、いのちがあなたを生きている」をテーマに講義がありました。
講義は、日常生活を手がかりに、人間の生き方、在り方を問うものでした。川村師は「自我意識」ということに注目され、「様々な人間関係を生きる私たちが仏教から教えられることは、『一心同体』ではなく『別心同体』であるということ。たとえ家族であっても夫婦であってもバラバラの思いで生きている。そこには我を張り合って、かたくなって生きている私たちの姿がある。しかしその我を切り離して生きるのではなく、我をもみほぐすことが必要であり、そのことを考えると、この御遠忌テーマは深い言葉である。『わたしがいのちを』となると我が強い言葉にしかならないけれども、『いのちがわたしを』となるとやわらかい言葉になる。かたくなった私のこころをほぐしてくれる言葉ではないだろうか。私をかたくなにさせているのは、他でもない私のこころであり、そんな姿を教えによって点検し、ともにお念仏をいただく人生を歩みましょう」と話されました。
講義後の閉会式では、内田みき子実行委員長より、「講師の流れるような話術と、胸に響く言葉、前向きに生きることの大切さを教えていただいた」と感謝の言葉が述べられ、今後より一層聴聞の輪が広がることを念じ、閉会の挨拶となりました。また会場には託児所も併設され、小さい子ども連れのかたも安心して足を運んでいました。
(京都教区通信員:藤川秀行)






















