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「寺本甚兵衛製瓦」と宗派との関わりは、大谷祖廟の本堂の獅子口に刻印があることから、本堂創建時の江戸・元禄期からと思われます。また、江戸・寛政期の両堂再建時の瓦詳細図面も家に保管しておりますし、明治期再建では御影堂門、諸殿、総会所等の仕事に携っていたことが記録や瓦の刻印から解っています。このような深いご縁と長い関わりの上に、私自身も「7日講」の講員として、東本願寺で仕事をさせてもらっています。
先代からは、「東本願寺の内陣やお蔵にまで入らせていただくのは、それだけ私らが信頼を置かれているからだ。その信頼に少しでも応えられるよう、お寺のことをまず第一に考えよ」と言い聞かされてきました。また家には、東本願寺作事方であることを証明する木製の鑑札や作事方の揃いの防火服などもあり、明治再建という大事業を経て培われた東本願寺と「7日講」の講員の当時の深い信頼関係を示す資料が多数あります。
私自身、その思いを引き継いで、それだけの仕事をしなければとの思いもありますし、境内全ての屋根の伏図は何も見なくても書けるくらいの自負はあります。
この4月で瓦降ろしが完了しましたが、瓦をめくっていく中で新発見が数多く出てきています。今ではまねの出来ないような丁寧な仕事を肌で感じることができました。
現在の瓦工事では、明治瓦のかたちの継承と屋根面全体の雨仕舞いを良好にすることを特に心がけています。このたびの瓦降ろしで、野地面の腐朽が予想以上であったので、下層屋根の受平瓦の部分など、改良できるところは改良していきたいと考えています。
多くの瓦職人がこの御修復に携る機会を得て、明治期の職人の技、そして知恵に触れることができたことは、私を含め、現在の瓦職人にとっては大きな勉強になったと思いますし、このような経験を積んだ私たちが、その技術や文化、願いをしっかりと引き継いで、未来に継承していければと思います。
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